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存在の証明

STAP細胞。今までよりもかなり簡単な方法で万能細胞を作成することができる、という趣旨の論文は、ここ数か月ずっと議論されています。「そもそもSTAP細胞はあるのか」という問いに「あります」と声高に主張したよくわからん会見もありましたが。やはり、存在を証明するには、目の前にモノを出さないといけない、もしくは、他の人が再現できるようにしておかないといけないでしょうね。「特許の問題があって詳しく書けない」というなら、モノを見せるくらいはしないといけないと思いますね。

一方、数学には「どういうものか詳しくは書けないんだけど、存在はするんだよ」という趣旨の定理がいくつかあります。例えば、中間値の定理。高校の教科書にも載っていたかもしれません。とても限定した条件で内容を書くと、「x軸より下にある点から上にある点に一本の線で結ぶと、必ずx軸で交わる」というものですね(もうちょっと数学っぽく書くと、「f(x)が連続関数の時、f(a)が負でf(b)が正なら、aとbの間にf(c)=0となるcが存在する」という内容)。あたりまえじゃないかという気もしますが、ここで大事なのは、「x軸と交わるんだけど、どこで交わるかはわからない」ということです。

数学には、このような「なになにが存在する」という定理がいくつかあります。ここが数学と数学以外の科学との大きな違いなんじゃないかな、と思います。数学はもともといろんな条件を前提として議論を構築していきます。なので、それらの前提から「こういう性質を満たすものが存在する(どこにあるかはしらんけど)」という定理が証明できてしまうんですね。自然現象を見るところから出発する科学は、こういうわけにはいきません。「存在する」というには、どこにあるのか、どうやって作るのか、どうやって再現するのかを説明しないと、「証明」になりません。

ところで「存在の証明」といえば、全然関係ないんですが、とある歌の中で出てくるんですよね。

まぁ、数学の話は全く関係なくて、「自分が存在することを証明する」とか、自分が生きている意味を見つけるとか、そういう意味なんですけどね。

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