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人を殺してはいけないのは、安心して生きていくため

「なぜ人を殺してはいけないのか?」の疑問には誰も答えられない – はてな村定点観測所

「人を殺していい」社会は瓦解する – あざなえるなわのごとし

例の佐世保殺人事件がらみで、こういうネタが出てきているわけですけれども。人を殺してはいけない理由は、1つ目の記事では「誰も答えられない」、2つ目の記事では「そうルールで決まってるから」とされています。個人的には、単純に「殺されたくないから」だと思ってます。

僕は、積極的に生きたいとも死にたいとも思ってませんが、殺されたくはないです。他人に主導権を握られるのは嫌です。僕と同じように、多くの人が「殺されるのは嫌だ」と感じているので、禁止されているんでしょう。

この「みんな、殺されたくないと思っている」という考えは、法律の根底に流れています。例えば、極刑が死刑になっているのも、「みんな殺されたくないと思っているので、死刑にすると脅せば、犯罪の抑止力になるだろう」という考えが背後にあるためと考えられます。(この考え方では「死にたい」と思って犯罪を犯す人をとめれませんが)

ただ、「みんなが嫌だと思っているから禁止」というのは、ちょっと短絡的です。というのは、勤労や納税は、みんなが嫌がっているけどやれ、と言っているからです。みんな嫌がっているものをしろというルールも、するなというルールも、両方あるんですよね。

さらに根底にある考えは、「これから先、安心して生きていけるか」だと思います。命を狙われているんじゃないか、と常に考えていたら、仕事も生活もできないし、長期的な視野でものを考えることもできなくなります。それだと安心して生きていけない、だから互いに殺すな、ということなんでしょう。もし、殺すのOK、復讐もOKということになってしまったら、絶滅するまで殺し合うことになるんじゃないでしょうかね。「復讐は何も生まない」みたいな映画やドラマのようなセリフを、当事者になった時にちゃんと消化できるか、自信はありませんが。また、勤労や納税も、しなかったら現在や将来の経済が回らず、安心して生きていけない、だからやれということなんでしょうね。

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