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「危険とは言っていない」の意味

御嶽山噴火のニュースはいろいろありますが、こういうのもありました。

【御嶽山噴火】「わわわれの予知レベルはそんなもの」「近づくな…でいいのか」 予知連会長が難しさ語る+(1/3ページ) – MSN産経ニュース

僕は専門家ではありませんが、地震や噴火の予測は相当難しそうですよね。地球の中のことなので、そもそも観測すること自体が難しいですからね。台風の進路予測などとは性質が違う気がします。

もともと今回起こった水蒸気爆発を予知するのは非常に難しい。突発的に起こることが多く、11日の地震が前兆なのかという保証もない。それをもって予知に失敗したというかもしれないが、ある意味では仕方のない状態。われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの。

これは開き直りなどではなくて、本音なんでしょうね。

予知というのは、報われない仕事だと思います。「危険と予知したのに噴火がない」という状況が続くと、オオカミ少年のように、発信内容の信憑性を自分で下げてしまうことになります。一方、「危険と言ってなかったのに噴火が起こる」と、それはそれで避難されることになってしまう。もし未然に防げたとしても、その結果は見えづらい。危険性も噴火もない状況が続くと、「あの組織は仕事をしているのか?」みたいな批判を受けがちです。どの場合でも予知が評価される機会が少なく、非難されやすい仕事だと思います。もちろん、重要だし必要なんですけどね。

そもそも「危険とは言っていないこと」と「安全であること」はイコールではありません。予測できる危険性がなかった、もしくは、危険はあっても警告するほどではなかった、というだけです。予測不能な危険性は常にあるし、上の記事からすると、噴火予知に関しては、この「予測不能な危険性」の割合はそれなりにあると考えておくべきですよね。

噴火時の映像を見ると、噴火後に逃げても遅すぎで、事前に、ヘルメット、ゴーグル、マスク、酸素ボンベ、懐中電灯などが必要かと思います。これらを毎回持って山に登るか、噴火しないことを祈って登るか、そもそも登らないか、くらいの選択肢しかないんですかね。

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