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学生の優秀さと研究者の優秀さ

昨日に続いて、京大の物理の先生が院生向けに書いた「大学院生へのメッセージ」に関する話を書きます。このメッセージの中に「優秀さ」という項目があり、「研究者には学業成績の優秀さが必要だと考えていたが、実はそうでもなかった」という記述があります。僕も同じ意見です。

学生と研究者は、両者とも「問題を解く」という仕事がありますが、「どういう問題を解くか」は異なります。学生の場合、問題は先生が設定するものであり、学生はそれに正しい答えを返すことが期待されます。一方で研究者の場合は、基本的には、自分で問題を設定します。その問題は、答えの出ていない問題であり、他の研究者が「それが解けたらいいな」と思う問題である必要があります。学生の時と比べて、問題を解くよりも問題を設定することの方が重要になってきます。

例えば、「エイズを治す方法は?」という問題。これにはまだ答えが出ていないし、解決を望む人が多いので、研究の対象になりえます。しかし、治療方法がわかっている病気や、世界に数人しか患っていない病気などは、答えを出したところであまり評価されないため、研究の対象にはなりにくい。もちろん、研究しても意味がないわけではありませんが、物事ができるだけ大きく前進するような問題を解きたい、というのがメジャーな考えだと思います。

学生が自分で「問題設定」をすることはほとんどないので、研究者になってすぐの人はたいていできません。自分で解けそうな、意味のある問題というのは、そう簡単に見つかるものではありません。しかし、もし問題を設定することができたら、その目標に対してがむしゃらに研究する人が多いように思います。学生の時のように与えられた問題ではなく、自分で本当に解きたいと思った問題に出会えれば、解決するためにみずから学び、考えるようになります。自然と没頭していきます。

問題が解けるかどうかが重要な学生と、問題の設定までやらないといけない研究者。「問題設定」の違いしかありませんが、これが本質だと思います。この違いが「学業成績の優秀さと研究者の優秀さ」の関係性を消しているのではないか、と思います。

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