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誤解されることわざ「情けは人の為ならず」

「情けは人の為ならず」ということわざは、誤解されることわざとしてかなり有名だ。

本来の意味は「情けは他人の為ではなく、巡り巡って自分のところに返ってくる(から親切にした方がいい)」というものだけど、「情けをかけることは、その人の為にはならない(から優しくすべきじゃない、厳しくすべき)」と解釈している人も多い。真逆の解釈になっている。

こうした誤解は、「為ならず」がややこしいから起こる。「私は○○です」のことを、「我は○○なり」と言うことがあるけど、「為ならず」の「なり」はこの「なり」と同じだ。つまり、「為ではない」ということだ。「為に成る、成らない」の「なり」ではない。このややこしさが誤解を生む一因だ。

例えば「情けは人の為にあらず」としてみてはどうだろうか。七五のリズムが崩れて言いにくくはなるが、こうすれば「為に成らない」と読んでしまう可能性は減る。しかし、「人の為ではない」という文章に変わったところで、まだまだ誤解を生む余地はある。

このことわざは、「○○は××だ」ではなく「○○は××ではない」という文になっている。これが、誤解を生じさせる大きな原因だと思う。「情けは人の為ならず」という文では「他人の為ではない」と言ってるけど、「じゃあ何なの?」ってことは言ってない。「巡り巡って自分のところに返ってくる」という意味は、このことわざだけから想像するのは難しい。

「他人の為ではない、自分の為だ」という「誰の為なのか」に着目した考えであれば、正しい解釈に行きつくだろう。しかし、「他人の為ではない」を「他人にとってメリットがない」と解釈することも可能で、「他人の為ではない、だからやらなくていい」という誤解は起こりうるだろう。「情けは人の為にあらず」と変えて「人の為に成らない」と読めないようにしても、結局「人の為に成らない」という意味だと解釈される可能性は残る。

本来の意味を直接表現すれば「情けはオレの為なのだ」とかになるけど、これはこれで間違っている気がする。否定文のせいで誤解されることはあるかもしれないが、この否定文は、親切心を隠す謙遜からくるものなのだろう。

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