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解答か、解答例か

これを読みました。

人はなぜ物語を欲するのか? – 村上さんのところ/村上春樹 期間限定公式サイト

「人はなぜ物語を欲するのか」という質問に対する、村上春樹の回答。物語が持ついくつかの大事な機能のうち、「なぜ自分はそこに属しているか、どう属するか、を納得するため」ということについて書かれています。

僕らはもちろん家族に属し、社会に属し、今という時代に属しているわけなんですが、それだけでは足りません。その「属し方」が大事なのです。その属し方を納得するために、物語が必要になってきます。

これに対して、はてブのコメントには、「単に自分の経験と違うものを疑似体験したいだけでしょ」っていうものがいくつかあって、僕も後者の意見に近いです。

人は一人では生きていけなくて、いくつかの組織に属し、誰かと関わりながら生きていくしかありません。ただ、他人を自分の思うとおりに動かすことは無理なので、「自分がこうしたい」と「まわりが自分にこうさせてくれない」というギャップが生まれます。そして、悩みます。生きてるとこの種の悩みは必ず発生します。

悩みを持っている状況で、物語に対して解答を求めているのか、解答例を求めているのか。この違いが上の回答の違いになっているんじゃないかな。

解答を求めている人は、自分を登場人物の誰かに合わせて物語を読むんでしょうね。そして、なんらかの解答が得られたなら、その本をバイブルとみなし、信者化する。ハマるとも言います。時には、リアル信者になることもある、と。

一方、解答例を求めている人は、そんなに物語の中には入っていきません。他人の物語と自分の物語とを並列に考えています。むしろ、両者は完全に別物と考えてる場合もあり、他人の物語は単なる娯楽として消費されることが多いと思います。

物足りない、中身がない、くだらない、薄っぺらいといった物語が世の中にたくさん溢れていますが、これは「解答例のレベルではあるけど、解答レベルでは無い」ということなんじゃないかな。物語を消化するものと考えるか、消費・消耗するものと考えるかの違いとも言えます。僕としては、後者の扱いですけれども。

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