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理屈派と応用派

これを読みました。

「何故かが分からないと先に進めない子供」と「役立つことが分からないと先に進めない子供」 – Togetterまとめ

理屈か応用か。どっちを知りたいかは人によって分かれていて、それに応じて教え方も変えないといけない、という内容。例えば、理屈を知りたい人は、使い方や役立て方を教えられるのが嫌い。逆に、応用例を知りたい人は、理屈から入るのが嫌い。タイプに合わせて教え方を変えないと、子供の学力は伸びない、と。

僕は小さいころから数学が得意で、数学に関しては前者でした。「応用を教えられるのが嫌い」とは思っていませんでしたが、この定理はなぜ成り立つのか、この問題はどうやって解くのか、ということが理解できたら十分でした。例えば「三角比が世の中でどう使われているか」なんてことは知らなくても、三角比の勉強には取り組めていました。

一方で、社会や古文といった、興味のないことについては後者でした。「古文なんて勉強して何になるの?」と言っては、逃げていました。入試の際にも、極力避けていました。

このような感じだったので、僕は「何の役に立つかわからない」という発言は、「やりたくない」と同じ意味だと思っていました。「役に立つ場面がわからないからやらない」と言いたいだけなんだと。しかし、上の記事を読むと、「役に立つ場面がわかれば、やる」という人も一定数いるんですね。少し意外でした。

理屈派と応用派は、つながっていないようにも見えますが、学問のどっちに意識が向かっているかを考えればつながっているように見えます。理屈派は、意識が学問の内側へ内側へ行ってるイメージ。構造や事象について、その背景を知りたがっています。一方、応用派は、意識が学問の外側へ行ってるイメージ。その学問が世の中のどこで使われているか、どういう問題を解決しているか。こうした、学問の外に広がっている世界を知りたがっています。

まだ、応用派でちゃんと勉強する人がいることに確信を持てないんだけど、そういう人にとっては事前に理屈を説明されるのはきっと苦痛なんだろうな。強制的に意識を学問の内側に向けさせられるからね。

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