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「人文学はなぜ必要なのか」の回答に関して思うこと

少し前に、こんなニュースがありました。

文部科学省は8日、全86の国立大学に、既存の学部などを見直すよう通知した。主に文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や分野の転換の検討を求めた。国立大に投入される税金を、ニーズがある分野に集中させるのが狙いだ。

その学部、本当に必要? 全国立大に見直し通知、文科省:朝日新聞デジタル

このような流れもあって、次の回答が話題になっていました。

人文学はなぜ必要なのか? | ask.fm/tiseda

回答は長いのですが、結論は「質問が漠然としすぎていて、答えられない」という内容です。回答の大部分は、どこが漠然としているのか、ということの解説で、次の4つが挙げられています。

1.大学と人文学との関係性が不明
2.「人文学」の対象範囲が不明
3.2択以外の回答を捨てる理由が不明
4.何のための「必要性」かが不明

1については、「人文学そのもの」「大学における人文学研究」「大学における人文学教育」など、どれを前提としているかで答えが違ってくるということです。2については、人文学は心理学や社会学を含むことなどがあり、どこまでを含めるかを定める必要があるということです。

3については、必要か不要かだけでなく、「これくらいのコストなら必要」という条件や「あの学問よりは必要」という比較も考えるべきだということです。4については、「人類の繁栄」「日本の繁栄」「大学の繁栄」など、何にとって必要なのかを定める必要がある、ということです。

確かに、質問が漠然としていて答えられない、というのはわかります。学術的には、この回答は回答になりえると思います。しかし、現実問題として「既存の学部を見直すように」と言われている時点では、この回答は、政治的・ビジネス的には間違いでしょう。政治的・ビジネス的に必要なのは、より多くの人が「必要だ」と感じる解を与えることです。そのためには、むしろ質問に対して自らが(自然な)前提を置くくらいのことが必要でしょう。

学者には、嫌がられること間違いないやり方ですけれどね。

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