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「ミニマリスト」の定義について

ちなみに僕はミニマリストではないけど、最近ネットで「ミニマリスト」の定義が話題となっているので僕も考えてみたい。

第二次世界大戦後の日本はモノがなかったので、「みんながモノを買えるようになる」というのが「豊かさ」と考えられていた。国が経済成長するとともに、自分たちも住むところを手に入れ、今までにはなかった家電も手に入れ、豊かさを獲得していった。

バブル期の頃には、「モノを手に入れるのが豊かさ」というのが行き過ぎてしまい、自分が住まない不動産やゴルフ会員権や高価すぎる車や時計など、たとえ必要がなくても「まわりが買っているから買う」ような状況になっていた。バブルが崩壊してからは、欲しいものが買えなくなる時間帯が続いた。

その後の長い経済低迷の時代に、消費者たちはいろいろ学んだ。欲しいものをすべて買うのは無理だが、選別すれば買える、と。どこにお金をかけて、どこにはかけないか。ブランドが欲しいのか、なくてもいいのか。新しく買うのか、長く使い続けるのか。端的に言えば、消費形態が多様化した、ということだ。

その多様化の中で、「モノを持つことだけが豊かさではないよね」っていう消費の根本を覆す考え方も増えてきた。今までもこういう考えの人はいたはずだけど、昔は「モノを持つことが豊かさの象徴」という常識が長く続いていたため、目立って主張する人が少なかったのだと思う。

「モノを持つことが豊かさだ」と考える人たちには、「持たない人たち」は「持てない人たち」と映るかもしれない。しかし、「モノを持つ以外に、満足度が得られる手段を持ってる人」にとっては、まったくやせ我慢ではない。「持たない人たち」の中で、実際にモノを持たずに豊かに暮らしている人を「ミニマリスト」と呼ぶのではないか、と僕は考えてる。

ジェンガをやるように身の周りからモノを取り除き、どこまで減らせるかを突き詰めるのがミニマリストというわけではない。住む家を捨て、自分で家を建てたりシェアハウスに住むこと自体がミニマリストということでもない。ミニマリストにとって、モノを手放す・持たないというのは、手段であって目的ではないだろう。

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