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「なぜ続けるのか」と自問すること

これを読みました。

「続ける」選択、「続けない」選択 – それは恋とか愛とかの類ではなくて

前半は辞める選択ができない筆者(ジャニヲタ)の話、後半は辞める選択をしたあるジャニーズアイドルの話。辞める選択を一方的に突きつけられ、受け入れるしかない悲しみも書かれている。

「辞める」のには理由が必要だけれど、「続ける」のには理由を求められることはあまりない。「何故辞めるんですか?」は聞かれるけれど、「何故続けるんですか?」とは聞かれない。

確かに。「なぜ続けるのか?」を聞かれることは、ほとんどない。しかし、だからこそ、「なぜ続けるのか」と定期的に自問しないといけないんだと思う。

やはり、思考停止になるのが一番いけない。「考えた結果今のままがいいと判断してきたので、過去の状態が続いている」というのと「何も考えていなかったので、過去の状態が続いただけ」というのは、結果が同じでも意味が全く異なる。以前に選択したときは正しいと思っていても、状況は常に変わっていく。また、今まで見えていない部分も見えるようになり、判断材料も増える。時間がたつと、過去の判断と今の判断が同じとは限らない。

「辞めます」というエネルギーのことを考えると、続けている方がよほど楽だった。

こういう判断方法もあると思う。実際、「辞める」ことにより、新しい別のものを探す必要が出てくることもある。また、いろんな人を説得したり、負担を負ってもらうことも出てくる。自分だけでなくまわりの人のことも考えると、「辞めれない」と判断する人もいるだろう。消極的な選択だけど、これは個人の価値観の問題だ。まわりに全く負担をかけずに生きていくのは無理なので、程度の問題だと思う。悪く言えば、「どれだけ空気を読まないか」とも言い換えられるだろう。

考えたとしても、正しい答えにたどり着けるとは限らない。だけど、結論に対する納得感は変わってくる思う。主体的に選択していれば、想定より悪い結果になっても納得できる気がする。まわりに流され続けて「こんな悪い結果になるとは思っていなかった」となってしまうのが、後悔が最も大きくなるパターンだと思う。

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