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「考える」を考える

何かを考えるとき、どうやって考えているのだろう。

解決しなければいけない問題や中身の分からないもの、不明瞭な未来に対して、何らかの結論を出そうとすることを「考える」というのだろう。何をすべきか、何が起こるか分かっている場合は、考えるよりも行動するほうが重要だし、結論を出すつもりがないなら、それは「考える」ではなくて単に悩んでいるだけだろう。

考えても答えが出ないことはある。それは考え方がよくない場合もあるし、考えるために必要な道具や経験が少ない場合もある。そもそも問題が悪い場合もあるだろう。答えの出ない問題をうなりながら考えても、ゴールにはたどり着けない。

考えて答えが出せるようになるには、少なくとも上のようなダメな要素が排除されている必要があり、いつでもだれでもこの条件がクリアできているわけではない。だけど、他の人が出した答えを聞くと、「自分でも答えが出せそうだ」とか、もっと言えば、「自分もすでにその答えにたどり着いていたのに(本当はたどり着いていないけど)」といった気になってしまうこともある。「考える」ときの他の人の頭の中は可視化されないので、「考えるのは、いつでもだれにでもできる」というように、過小評価されやすいのだと思う。

今置かれている立場から結論までの道筋が不透明でも、少しずつのステップであれば進んでいけるかもしれない。また、結論から逆算することでうまくいくこともある。「現在の状況から何が予想できるか、何が言えるのか」という方向と「何が言えれば結論が出せるか、何が必要か」という方向で進めていけば、どこかで二つが貫通し、現状から結論までがつながることはある。

少しずつのステップで進んでいくには、問題を分割したり、条件を限定したり、状況を具体的にしたリ、予想する時間軸を短くする、などという方法がある。そして、知識や経験をもとに、今考えている状況にあてはめ、ありえそうな結論を導いていく。知識や経験は具体的なものだが、今考えている問題と同じ条件とは限らないから、抽象化のステップが必要になるだろう。

抽象化ができなければ、「考える」こと自体が困難だと思う。

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