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前提の違う戦いの勝ち負けは「参考」の領域を出ない

走り幅跳びの世界では、パラリンピックの選手がオリンピック選手の記録に近づいたり、追い越したりするケースが生まれている。

2014年7月には、ドイツ陸上選手権で健常者を破って優勝し、陸上界に衝撃を与えました。この時の記録は8メートル24。ロンドン五輪で銅メダルを獲得できる水準の記録でした。それ以降、「義足の公正性」について、様々な角度から議論が噴出しています。

マルクス・レーム選手 – リオ・パラリンピック2016 陸上・ドイツ代表候補 – ドイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト

リンク先には、この選手の「義足の公正性」に関する考えも掲載されている。

彼はカーボン製の義足を使っているが、義足だけが彼の記録を作っているわけではない。記録は、日々のトレーニングの成果であり、アスリートとしての優秀さを物語っているのだろう。実際、2位以下との差は大きい。

けれど、彼がいくら優秀だったとしても、パラリンピックではなくオリンピックに出場し、もし一位の記録をとったとして、金メダルを渡すとなったらどうだろうか。申し訳ないけど、僕には少し変に思えてしまう。

ルールは同じだけど前提条件が違うので、分けるのが自然だと思う。

先日、将棋の世界で、プロ棋士対コンピュータの対戦があった。その戦いで負けたプロ棋士に対し、別の棋士が「将棋で負けたのではなく将棋に似たゲームで負けただけ」と発言し、話題になった。この発言に対して、ある将棋ソフトの開発者がコメントをしている。

「将棋に似たゲーム」とは何なのだろうか? | やねうら王 公式サイト

僕には、プロ棋士対コンピュータの将棋は、ルールは同じだけど、前提が違うだけのゲームに見える。

人間には人間のできることとできないことがあって、コンピューターにも同様にあって、両者には無視できないレベルの差がある。勝負なので結果は出るけど、勝ち負けと優劣は連動しないと思う。オリンピックの選手とパラリンピックの選手を比較するようなものだろう(それぞれの世界の中での比較には意味はあるが)。

ルールが同じでも、前提の違う戦いの勝ち負けは「参考」の領域を出ないと思う。

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