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数式を使ったコミュニケーションは、レベルのマッチングが難しいので失敗しやすいと思う

これを読みました。

結城先生の連ツイには心情的には同意したいものの数式には漢字や英語にはない怖さがあると思う – しいたげられたしいたけ

昨日に引き続いて、数式アレルギーの話です。ただ、元ネタからは論点がちょっとずれているような気がしています。元ネタである結城さんの記事は「”数式アレルギー”という言葉で数式から逃げるんじゃなくて、漢字や英語と同じように数式で書いてる文章も勉強してね」という話なのに対し、上の記事では「そうはいっても、数式の方がアレルギー反応は出やすいよね」という話になっています。

数式には、結城先生が連ツイ中で例として引いている漢字や英語にはない怖さがあると思う。
(中略)
怖さというのは、数式の難易度が、見た目からは即座に判断できないということが、ままあるということだ。

不勉強の話とアレルギーの話とでは、勉強すべき人の意識が違うので論点も少し異なるけど、上の記事そのものの内容には同意します。

「数式の難易度が見た目からすぐには判断できないことがある」と書かれていますが、これは確かにそうで、フェルマーの最終定理のように、見た目は簡単そうだけど、「どうして成り立つんだろう」と入っていくと、途端に暗黒の世界が広がるというケースは多々あります。しかも、有名な定理はだいたい小奇麗な姿をしているので、自分のレベルにあっていない世界に入ってしまいがちなんですよね。

さらにいえば、「どの文脈で扱うによって、その数式の意味が変わる」こともあります。例えば、二次方程式であっても、因数分解で解く方法しか知らない人、解の公式を知っているけど実数解しか知らない人、虚数解まで知っている人、それぞれの人の前提によって、数式の扱い方は違ってきます。

数式を使ったコミュニケーションをする際には、お互いのレベルと扱う数式のレベルがマッチしていないと成り立たず、失敗は起こりやすいです。

なお、上の記事では、「漢字や英語にない怖さが数式にはある」と書かれていますが、個人的には、資本論などのテキスト、法律の条文や政治家の話す堅苦しい言葉といったものには、数式に似た怖さがあるように感じます。

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