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「グローバルスタンダードだから」

日本のとあるシステムやルールが、日本以外のものと違った場合に、「日本のほうが遅れている」と言ってしまう人がいるのはどうしてだろう。単に、方向性が違うとか、戦略が違うとか、環境が違うとか、そういう違いに最適化された結果なのかもしれないのに、「日本のこの部分が世界とは違う、これは古い、こういうふうに変えなきゃいけない、だってそれがグローバルスタンダードだから」と言ってしまっていいのだろうか。

もちろん、実際に変えたほうがいいことはある。例えば、業界で採用している基準や規制があれば、それを世界基準に合わせるのは意味がある。それをクリアしないと商品を売ることができない、というものなら、販路拡大のためにやったほうがいいだろう。

また、日本で抱えている問題を、ある国がクリアした、というのであれば、その案やシステムを取り入れてみよう、という流れは自然だろう。そのときにも、日本とその国との違いに注意しながら、「その国でうまくいったことをそのまま日本に取り入れる、表面的な対応だけでいいんだろうか」という視点を持って考える必要はあるが、検討には値する。

しかし、それすらもやらず、ただ違うというだけで、「海外がこうだから日本も」と言ってしまう、やってしまう人はいる。他にも根拠があるならいいけど、ないなら、単に「案が思いつきませんでした」と言っているようにも聞こえる。これでは、グローバルスタンダードに合わせること自体が、目的になってしまっている。また、「(世界中の)空気を読む」という行為になっているとも言える。

まわりと合わせるのは簡単だし、独自の道を貫くよりも楽であることは確かだ。でも、海外と同じことをやっても、事態が同じ方向に行くとは限らない。それどころか、せっかく差別化できていた部分を消しにいっているかもしれない。「海外のこういうところはいいよなぁ、でも日本はできてないなぁ、やはり日本はクソだな」という見方は、すごく小さな一部分だけを比較してしまっている。それだけの比較で「グローバルスタンダードから乗り遅れている」という結論は、思考停止してしまっているんじゃないかと思う。

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