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「空気を読め」に込められているもの

「ちゃんと空気を読め」とか「あいつは空気が読めない」といった発言を耳にすることがあります。「こういう状況では、こう言うしかないよね」「こういう行動をとるしかないよね」と察知するのが「空気を読む」で、そうしない・できない人を「空気が読めない」と言いますよね。

例えば、「先輩がこういうふうに言ったら、後輩はこういう行動をとるんだよ、本当にお前は空気が読めないヤツだな」みたいな使われ方をします。

ただ、この言葉を文字通りとらえるならば、空気を読んだ後のことまで制限してはいないですよね。つまり、「こういう状況では、こう言うしかない、というのはわかるんだけど、俺はあえてそれを言わないぜ」「理解したうえで、俺は行動しないんだぜ」っていうのは許容されないですよね。空気は読めていたけど、その空気に逆らって行動するっていうのは、「空気が読めている」にはカウントされない、っていうか、想定されていません。

正解はわかってるんだけど、その正解は言いたくない、やりたくないっていうこともあるじゃないですか。さらには、つねに正解を外していきたい、っていうあまのじゃくな人もいますよね。そういう人たちに、「空気を読め」っていうのって、あまり意味がありません。「いやいや、空気を読むこと自体はできてるんですよ、空気を読んだ上での行動なんです」って言い返されちゃうかもしれません。

この反応を「空気が読める」に入れたくないとすると、「空気を読む」には、「空気を読んだうえで、その空気が要求している言動をとる」が含まれていることになります。これをメタ的に言うならば、「『空気を読め』って言われたときの空気を読む」っていうことになります。まぁ、こう説明しなくても、普通はそう解釈します。「空気を読め」って言われたときの空気を読むはずですから。

しかし、「空気を読め」って言われたときの空気にさえ逆らっていきたい、という人もいるわけで、もうそうなってくるとどれがどの空気か分からなくなってしまいます。空気を読むとかじゃなくて、ちゃんと言葉にして議論する必要があるでしょう。そういう議論が必要な空気が流れていますので。

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