「問題を設定する」ということについて
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昨日、「学生の優秀さと研究者の優秀さ」という記事の中で、「学生と研究者では、問題が与えられるものか、自分で設定するものか、が異なる」ということを書きました。これはそのままビジネスにも当てはまります。
つまり、「問題が設定されるのか、設定するのか」という違いは、経営者と労働者の違いにも当てはまるということです。まず、組織の一番上にいる経営者が問題を設定します。次に、下にいる管理者たちがその問題を理解し、自分の問題として再設定します。そして、管理者は部下たちに彼らが解くべき問題を設定していきます。
例えば、経営者が「売上10%アップ」を指示したとします。上で言うところの「問題設定」です。これを受けて、店長たちは、「自分の店舗の売上を10%は上げないといけない」と考え、その策を練ることになります。「売り場を変えてみよう」とか「スタッフの接客態度を変えよう」とか「高額商品を提案する頻度を上げてみよう」とか。こうして出した「答え」は、そのまま部下たちの「問題設定」に変わっていきます。部下たちは、「では、どんな売り場に変えるか」というような、より具体的な行動が答えとなる問題を考えます。
トップからボトムまで、それぞれが自分の問題を解いています。そして、問題設定の出発点は経営者です。もし経営者の問題設定がよくない場合、つまり、短期的にはメリットがあるが長期的にはデメリットしかない問題であったり、自分たちの実力では解けない問題であったり、そもそも実現不可能な問題であった場合、不幸な結果しか起こりません。たいてい部下たちには答えが出せないし、仮に答えを出せたとしても、また別の問題が起こってしまうでしょう。
管理者やその部下も問題設定を行っているので、似たようなことは起こりえます。与えられた問題を誤解してしまったり、自分の問題として再設定するときにその設定がまずかったりすると、同じような悲劇を生みます。しかし、与える影響の範囲は大きくないですし、経営者の問題設定がよければ大けがには至らないでしょう。
「問題を設定する」ということは、経営者にとって一番重要で責任のある仕事です。