「近況を伝える」年賀状の役割りについて
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最近年賀状のCMが始まったけど、僕は社会人になってから年賀状を出したことがない。
仕事関係の人にも出したことがないし、友達にも出したことがない。友達には元旦にメールを送っていた時期もあったけど、最近はそれもやらなくなった。メールの件数がすごく多くなってしまうのと、メールが混雑しててなかなか届かないのが理由。最近は、facebookに投稿して終わり、っていうパターンになってる。
逆に、年賀状をもらうこともほとんどなくなっていて、よく行くお店からもらったり、数人の友人からもらう程度。全部で10枚もない。この時期に住所を聞いてくる人は基本的に年賀状を出す人だとわかるけど、僕は「年賀状を出さない」と決めているので、「年賀状をもらっても返しませんよ」と事前に言うことにしている。それでも送ってくれる人は、きっと年賀状作成ソフトの中に僕の住所があり続けるので、これからも送ってくれるんだろう。
昔、親に届いていた年賀状を見ると、新年のあいさつの横に、結婚しましたとか、子どもが生まれて家族が増えましたとか、子どもがこんなに大きくなりました、みたいな文言と写真が添えられているものがたくさんあった。近況を知らせるツールとしての役割があったのだと思う。
ケータイでメールが送れるようになってからは、近況を送れるようになったものの、わざわざ「子どもが小学生になった」程度でメールすることもない。だから、メールの普及ではまだ年賀状の「近況を伝える」役割りは終わったとは思わない。でも、facebookのように、日常のことを文章や写真で投稿できるようになってからは、わざわざ年の初めに近況を伝える必要性も小さくなってきたかな、とは思う。もちろん、全員がfacebookをやってるわけではないので、年賀状の存在意義がなくなった、とまでは言えないけど。
「住所を知らないと送れない」よりも「みんな投稿しといたから見て」っていう方が楽なので、僕が年賀状の世界に戻ることはないと思う。去年も年賀状の記事を書いてた(子供の写真入り年賀状)。毎年、この時期は年賀状のことを思い出すけど、別に何かするわけではない。