斜めの冷蔵庫
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今の家に引っ越してきたときに買った大きめの冷蔵庫。運送業者に持ってきてもらったときには、壁に平行になるように、まっすぐ置いてもらった。だけど、今は斜めになっている。そして、斜めになったまま、僕はその冷蔵庫を使っている。
5年前の震災のときは、東京で働いていた。今日と同じ、金曜日。
震災時は、ディスプレイが倒れてこないように手で支えるくらいしかできなくて、揺れがおさまるまでは何もできなかった。知識としては、例えば「火を使っていたら火を止める」といったことは知っているが、とっさに身動きをとるのは難しい。小さい揺れを何度も体験しているうちに「まぁ今回の揺れも大丈夫だろう」と思って行動しないことが積み重なってきた影響もある。初期段階では揺れの大きさが予測不能なので、行動すべきかどうかがわからない、といった理由もあるだろう。
揺れが収まった後もビルがぐらんぐらん揺れていて、酔って気持ち悪くなっている人もいた。職場にあったテレビで、みんな地震のニュースを見ていた。震源地が東京近辺じゃなかったことに驚いた。運転中の車を津波が飲み込んでいく映像や、街全体が水浸しになっていく映像を見た。今回の地震の本当の大きさや恐ろしさが、だんだん実感できるようになってきた。
就業時間を過ぎたら、すぐにみんな帰るように言われた。電車は動いてなくて、みんな歩いて帰った。僕も歩いて帰った。職場のディスプレイが倒れそうになったのを見て、僕は家にあったテレビが倒れて壊れていないか心配だった。
家に帰ってみると、テレビは倒れてなかった。他の家具も倒れているものはなかった。ただ、本棚からほとんどの本が落ちていた。その状況を見ただけでも、落ち込んだ気分になった。被害が大きかったところではこんな比ではないんだろうけど、それでもしばらくの間、気分はふさがった。
震災からしばらくして、冷蔵庫が斜めになっていることに気づいた。あの地震の揺れでズレたんだろう。元の位置に戻すことは、一人の力でもできる。だけど、あの地震で、あの揺れで、この冷蔵庫でさえ動いたんだ、ということを忘れないよう、冷蔵庫は斜めのままにしてある。