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科学の最先端に行くには、ゴールが遠すぎる件

よく「数学は積み上げ(教科)だ」と言われる。これは、足し算ができないと掛け算もできないし、連立方程式もわからないし、微分積分も理解できない、というような意味で使われる。つまり、小学校⇒中学校⇒高校と勉強した内容が積み上げられている、ということだ。

しかし、「積み上げ」には、もう一つの意味があると思う。高校までの数学は、どれも数百年以上前の数学者たちが研究してきた内容だ。それが大学や大学院での数学になると、現在の数学者たちが取り組んでいる問題に近づいてくる。つまり、数学は「歴史上の数学者たちによる研究の積み上げ」ともいえる。学校での数学の勉強とは、数学の歴史の勉強である、ということだ。

一般的に理科は積み上げ教科と言わない。しかし、各分野においては、上と同じ意味で「積み上げ」と言えるだろう。科学を学ぶとは、科学者が積み上げた歴史を学ぶということだ。証明や実験を通して、先人たちの発見を追体験する、ということだ。

こういうことを知ると、次のような感想を持つことは自然だと思う。

もうほとんどのことは解明されちゃってて、先人に学んでルーチンを繰り返すしかないんだなと気づきました。

人生面白くないよ

解明される余地は、時間とともに減っていくかもしれない。しかし、先人の先へ行くには、まずは先人がどこまでいったかを知らないといけない。上の記事にコメントしている次のブログでも、同じ指摘をしている。

偉大な発見をするためには今までの学問が何をどこまで解決したのか学ぶことが必要不可欠です。

偉大な発見 – 詩になるもの

また、一方で、「後に生まれる世代ほどのぼるのがしんどくなっていくんじゃないかな」とも書いており、これもそのとおりだと思う。

あえて先人より有利な点を挙げるなら、「昔の人が知らなかったことを、現代人は知っている」という点だ。昔は解けなかった問題も、今では解かれて体系化されている分野がある。つまり、学問の発展により最先端にいくまでの道のりは遠くなったが、同じく学問の発展により最先端に行くまでの道は整備されてきたということだ。この点が有利だと思って、学んでいくしかないのだろう。

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