自分と違う意見を理解することについて
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これ読みました。
香山リカ女史「炎上」の謎: やまもといちろうBLOG(ブログ)
本文とはまったく関係ないところですが、この部分がとても大事だと思ったんですよね。
話の内容を理解はするけど同意はしません。
これが言えるのって、かなり重要だと思うんですよね。
世の中のたいていのことは、数学のようにはっきりとした答えが出せません。あきらかに正しくない解ってのはありますが、正しい解というのもめったにありません。いくつかアイデアがあって、どの案もメリット・デメリットがあり、どの案を支持するかは人によって異なることがほとんどです。意見が分かれる理由は、好みの問題かもしれないし、立場上の問題かもしれないし、単なる思い込みや認識相違の問題かもしれません。
意見が分かれると、違う意見を言う人には物申したくなるものです。ただ、そもそも相手の発言内容が理解できていないのに、物申しちゃう人が結構いるんじゃないかと思います。
「自分の意見が正しい」という思い込みを持ったまま違う意見を読むと、感情が邪魔をして他の意見を理解しようとする気がなくなっちゃうんでしょう。もしくは、その思い込みによって、書いてある内容を都合よく受け取り、正しい理解からかけ離れてしまうんでしょう。理解しようとする姿勢や理解するための判断力がゆがむということです。
僕も他の人の意見を間違って理解してしまうことはありますが、そもそも「話を理解しようとしない」という立場はとらないようにしています。まれに、「この人の言うことは異次元過ぎて、僕には全く理解できないな」ということもありますが、そんなときはその人からそっと遠ざかり、もしくは、そっとブラウザを閉じることにしています。
学生の頃、国語の授業では、「筆者の言いたかったことは何か」がよく問題として出題されていましたが、あの授業は大事だったんですね。「他国と比べて日本人は主張が足りない、自分の意見を言えるような教育が必要」という声もありますが、相手の話が理解できないならどっちみち議論はできないんだから、主張を読み解く練習も充分意味のある授業だよなぁと、今更ながら、感じます。