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文を分割したときに生じる意味合いの違い

文章を読んでいるうちに、内容がだんだんわからなくなってしまうことがあります。自分が書いた文章を読んでいるときでさえ、そういうことは起こります。原因はいろいろ考えられますが、その一つに「一文が長すぎる」というのがあります。そのため、文章を書く人に対して「長い文章は分割しましょう、一文一意を心がけましょう」とアドバイスしている本やサイトもよく見かけます。

内容がわかりにくい場合に、「一文を短くできないか」と考えるのは有効だと思います。ただ、文章を分割したときの副作用として、ニュアンスが変わってしまう場合があることにも注意すべきではないか、という考えも持っています。

例えば、次の文章を考えてみます。わかりにくい文章ではないですが、ニュアンスの違いがわかるかと思います。

おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると…

これをこう切ってみます。

おじいさんは山へ柴刈りに行きました。おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると…

ここだけを見ると大した違いがないように思えます。しかし、このあと、しばらくおばあさんの話が続きます。後者のように文章を区切ってしまうと、おじいさんの扱いに重みが出てしまうので、それをスルーしておばあさんの話が続くと違和感が残ってしまいます。「わざわざおじいさんの行動にフォーカスしておいて、そのあと何も言及しないのか」と。ここでは、「おばあさんが川へ洗濯に行っている間、おじいさんについて何も言及しないのは変なので、ちょっと触れておいた方がいい」程度の意図なので、前者のように一文のままの方が自然になります。

文章を分割すると、「文の一部」が「一つの文」に格上げされて重みが出てしまいます。重要じゃないこと、補足的なこと、あまり書きたくないけど仕方なく書くこと、などはわざわざ一文にせずに、文の一部にしてさらっと流してもらうほうがいいこともあります。「分割すれば何でもわかりやすくなる」と安易に考えるのではなく、「ニュアンスが変化してしまわないか」ということにも注意して書いていきたいです。

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