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「言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか」を読みました

ナイツ塙の、M-1本を読みました。

もともと、ネットの特集記事(参考:関東芸人はなぜM-1で勝てないのか?【第1回】: 集英社新書プラス)が出発点となって出版された本です。この記事も読んでいたし、本が出たことも知ってました。なかなか読むタイミングがなかったのですが、今年に入ってようやく読めました。

関西では日常会話が漫才のようだとよく言われていて、お笑い文化が育っています。関東芸人がM-1で勝てない理由もそれかなと思っていましたが、本ではもっと掘り下げられています。言葉遣い・方言の違いや、舞台上での動きなど、細かな、しかし納得感のある理由をもとに、関東芸人がM-1で戦うことの難しさが語られています。統計的な話をするには回数が少ない気がしますが、話の流れとしておかしな部分は少ないです。

M-1は新しい漫才・漫才師を求めている大会です。しかし、新しすぎる漫才については「これは漫才なんだろうか、どう評価すればいいんだろうか」と審査員たちが悩むシーンも見られます。しゃべくり漫才の頂点を決める大会ではありますが、関東芸人をはじめ、しゃべくりではない漫才で挑んでくるコンビもいます。頂点を目指して収束していく流れと、多様性を受け入れて発散していく流れを持った、不思議な大会だなと、この本に気づかされます。

本では、具体的な漫才師についても言及されています。ブラマヨ、チュート、サンド、アンタッチャブルのように、優勝経験のあるコンビに加え、南海キャンディーズやオードリーのような優勝経験のないコンビについても、ネタの特徴や戦略を分析しています。もちろん、ナイツ自身も。優勝しなくても、ウケることや売れることが目標なので、オードリーを好例として、引き際の大事さも語られています。

本は去年の夏に出ましたが、僕が読んだのは去年のM-1後なので、2019年のM-1をどう評価するのか気になりました。実力のあるかまいたちや和牛ではなく、ミルクボーイを優勝させたことで、M-1の目的は新しい漫才師を見つけることだと世に知らしめたわけですが、塙の考えがどうアップデートされたか、読みたくなりました。

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